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■2007年12月01日

▼Silent Moon - Silent Moon-六つの月- 第5話(後編)

たいへん長らくお待たせしました。
当初の目標より2ヶ月も公開が延びてしまった第5話後編。
その間、何度も書き直し、やっと出来上がりました。

それではどうぞ↓


 9 過去・選ばれしもの

 SilentMoonは4日後にオープンを控え、スタッフは準備に余念がない。ある者は真新しいメイド服に袖を通してフライヤーの配布に、またある者は足りないものの買い出しにと、それぞれに割り振られた役割に奔走している。
 雫は、そのちょっとしたセンスの良さを買われて、店内の細かな飾り付けのコーディネイトを任されていた。

「何とか間に合いそうね。」
「でも、いま"闇"が現れたりしたら…。」
「もう!縁起でもないこと言わないでよ。」

 冗談混じりの会話を交わしながら、茉莉、文と共に、準備に励む。
 少し休憩しましょう、という茉莉の言葉に、手を休める二人。ドリンクを飲みながら、一息つく。

「そういえば、茉莉さん。"使い手"って、どうやって選ばれるんですか?」
「あら、説明してなかったかしら?」

 文の問いかけに、説明を始める茉莉。
 一人が適応する"月の欠片"は一つのみ。"DarkMoon"に適応する文は、他の"月の欠片"には適応しない。逆に、一つの"月の欠片"に適応する人間は、文と雫の二人が"DarkMoon"に適応するように、一人とは限らない。どの"月の欠片"に適応するのかは、手をかざした際に"月の欠片"が輝くことによって見分けることができる。
 では、誰が主たる"使い手"となるのか。それは、手をかざした際に、輝きと共に手の甲に月齢の名を表す紋章文字が浮かび上がることによって示される。"月の欠片"自身が、適応する者の中から一人を選ぶのだ。さらに、適応する者の体調や精神面などの影響により、"使い手"が変わることもあり得るのだという。

「五月が言ってたわ。凛華と粉雪の二人は、まだ一度も"月の欠片"の力を使っていない時から、紋章文字が浮かび上がっていたって。まさに、"選ばれし者"よね。」

 文は、あの夜の二人の戦いを思い出し、その言葉に納得する。

「私は手をかざしたときの輝きも僅かだったし、"DarkMoon"の"使い手"はやっぱり雫よね。」

 そう考えながら、雫を見る文。そんな文の視線に気づいたのか、雫は"まかせといて!"というゼスチャーで応える。
 しばらく談笑していると、錦子から電話が入る。人手が必要だという呼出しに、二人に店内を任せ、茉莉は錦子の元へ向かう。

「二人になっちゃったけど、最後の仕上げ、頑張ろう!あ、文。バックルームに置いてあるペーパーバッグに入った小物、持ってきてくれる?」

 OK!という仕草をし、バックルームに向かう文。ホールに比べて雑然としたままのその部屋の中から、雫に頼まれたペーパーバッグを探す。

「ホールが終わったら、こっちも片づけないとね。こういう見えない所こそ、綺麗にしておかないと…。」

 そう思いながら、目的のものを探し続ける。ふと、まだ"使い手"が決まっていない"月の欠片"が収められている"眠りのレリーフ"が目に留まった。

「そっか…。"使い手"が決まってないのって、"DarkMoon"だけなんだ…。」

 文は、何気なくそれに手をかざす。その瞬間、"DarkMoon"が輝きだし、手の甲に紋章文字が現れる。驚きを隠せない文。その背後で物音が聞こえ、文は思わずその手を隠すように振り返った。

「な…なによ、それ…!」

 そこには、複雑な表情で立つ雫がいた。思い詰めたように顔をこわばらせながら、しばらくの沈黙の後、部屋の外へ掛けだしてゆく。

「待って!」

 制止する文の声に、店の玄関を出る直前で立ち止まった雫だったが、閉じたドアの側を向いたまま、文の方を振り返ろうとはしない。その肩は、握りしめた拳のためか、少し震えているようにも見える。
 文のせいじゃない。それは雫自身もわかっていた。だが、彼女の想いはそれを受け入れることができなかった。そして、込み上げる感情が、心にもない言葉を吐いてしまう。

「私…辞めるわ。必要とされてないみたいだし…。」

 雫はそう言い放つと、言葉が見つからず困惑する文を振り切るかのように、勢いよくドアを開け飛び出してゆく。その頬に、一筋の涙をこぼして…。

 10 現在・凪姫、走る!

 凪姫は、身を隠す場所を探して、廊下を疾走していた。

「何とか、ヤツを文さんのいる場所から離さないと…!」

 相変わらず、校舎全体から嫌な感じのノイズが感じられる。まるで、あの女性教師に絶えず監視されているような感覚…。

「そうか…!もしかしたら、水を伝って私たちの動きを知られてるんじゃ…?」

 だとすれば、身動きができない文さんよりも、自由に動ける自分を先に狙ってくるはず。このまま自分に引きつけておけば、文さんに危険が及ぶ可能性は少ない。

「それなら、なるべく有利な場所にヤツを誘導して…。」

 ふと窓の外に視線を移すと、グラウンドに並んで体育館があるのが見えた。この先の校舎の2階から、体育館へ通ずる渡り廊下が延びているようだ。

「体育館の中ならある程度の空間が確保できるし、壁を伝う雨水からの距離を取ることもできる。あそこなら、勝機があるかも知れない!」

 しかし、防御の技しか持たない自分に、本当に勝機はあるのか。そんな不安に駆られながらも、凪姫は体育館を目指して走る。

 11 過去・悲しみの連鎖

 五月に付いてくるように促された文は、飛び出していった雫を気にしながらも後に続く。五月は何か考え込んだような表情のまま、一言も発せず電車に乗り込んだ。
 どのくらい経ったのか、車窓からの風景は静かな街並みへと変わっていた。都心から少し離れた、緑の映える小高い丘の麓。そこで下車した二人は、駅前で花を買い、長い坂道を丘の上に向かって歩いてゆく。
 坂道を上りきった向こう側に伸びる長い塀、その中に建つ真っ白な建物。五月は無言のまま、その門をくぐった。

「病院…?」

 建物に入ろうとした五月は、中庭に誰かを見つける。

「文は、ここで待ってて…。」

 そう言うと、中庭で涼んでいる車椅子の女性へ近づく。その女性の妹だろうか。傍らに立つ少女が、五月に向かって一礼する。花を手渡し、少しの会話の後、戻ってくる五月。少女は深々と一礼し、こちらを見送っている。

「五月さん…あの人たちは…?」
「彼女はね、私たちが最初に対峙した"闇"の犠牲者なのよ。」
「え…?」
「私たちが未熟さを知り、SilentMoonを立ち上げるきっかけとなった出来事…。そして、彼女…雫が関わるきっかけともなった---。」
「雫が…。そういえば、彼女は自分から押しかけて採用してもらったって…。」
「ええ。忘れもしないわ。あの日…土砂降りの雨が降っていたあの日---。」

 五月は、過去を思い出すように語り始める。
 土砂降りの雨。やっと決まった、まだ何もないがらんとした店舗で話す五月、茉莉、錦子の三人。その時、突然ドアが開く。そこには、全身ずぶ濡れの少女が立っていた。そして、真っ直ぐに見据えた目で、思い詰めたように訴えかける。

「私を…一緒に戦わせてください!」

 それが雫だった。

「そして彼女を見たとき、私はすぐに気づいたの。あの時の少女だって…。」

 それより遡ること半年前。五月、茉莉、錦子の三人は、初めて"闇"と対峙した。まだ"月の欠片"のことさえ良くわかっていなかった頃。これさえあれば、"闇"を簡単に封じることが出来る。そんな風に考えていた。そんな驕りが、取り返しのつかない悲劇を引き起こしてしまうことを知らずに…。

「"闇に憑かれし者"を追い詰めたと思った私達は、それが逃げ込んだ下水管に迂闊にも入ってしまった。そして、"闇"の気配を追いかけて奥深くに入ったとき、それが襲ってきた…。」

 三人の正面から、突然迫り来る鉄砲水。下水管を埋め尽くさんばかりのそれは、三人の逃げ場を奪う。混乱する三人。

「私たちが追っていたのは、"水の闇結晶"だったの。逃げ場をなくした私たちは、咄嗟の判断すら出来ず、パニックに陥った。そして、鉄砲水に飲み込まれそうになった刹那、それは起きた。」

 "月の欠片"に"使い手"として選ばれた者が、まだ未熟な段階で生命の危険に晒されたとき、"使い手"の生命保護のための危機回避機能が発動する。それは"使い手"の意志に関係なく発動される力。"月の欠片"が持つ力を解放する、一種のバリアのようなものである。

「まさに、下水管を塞き止めるような形で"紋章の防壁-Emblem Shade-"が発動したの。そのおかげで、私たちはギリギリの所で命拾いをしたわ。でもね…それには余りにも大きな代償を払っていたことを、後で知ったのよ。」

 "紋章の防壁-Emblem Shade-"が塞き止めた鉄砲水はその行き場をなくし、地上へと噴出した。そして、それに跳ね上げられた鋼鉄製のマンホールの蓋が、近くの高速道路を走行中だった大型トレーラーの運転席を直撃。コントロールを失ったトレーラーは、外壁を突き破って真下の公園へ落下した。

「その落下点にはね、一人の男性が立っていたの。そしてそれは、少し遅れてその場所へ急ぐ、待ち合わせ相手の少女の目の前で起こった---。」

 スローモーションのように落下するトレーラー。落着したそれは、閃光と共に燃え上がる。爆風で吹き飛ばされる少女。再び顔を上げた少女の目に映ったのは、悲鳴と絶望が交錯する阿鼻叫喚の惨状だった。

「私たちがそれを知ったのは、"闇に憑かれし者"を取り逃がし、自宅に戻って見たニュース映像でだった。そこには、変わり果てた姿になった男性にすがって泣き叫ぶ少女の姿が映し出されていたわ。」

 余りの出来事に言葉を失う文。そして、呟くように口を開く。

「それが…雫…。」
「そう。そして追い討ちをかけるかのように、"水の闇結晶"に憑かれていた女性…さっきの病院にいた車椅子の彼女も"闇"に喰われ、心が壊れてしまった。私たちは、誰一人救うことが出来なかったのよ…。」

 なぜ、自分の大切な人が命を落とさなくてはならなかったのか…。そんな答えのない問いかけを繰り返していたとき、雫は偶然、月の物語に辿り着く。都市伝説にもならない小さな噂話を耳にし、それを追う執念が、五月達に巡り合わせたのだった。

「だから彼女の目を見たとき、私たちには断ることはできなかった。"DarkMoon"にも適応したことだし、一人でも一緒に戦える仲間が欲しかったから…。でも、彼女は私たちとは少し違った。"月の欠片"の力を纏った途端、それまでの彼女とはまるで別人のような目つきになる。それじゃ、たとえ"月の欠片"の力を引き出せても、"使い手"にはなれない。怒りや怨念は、いずれ"闇"を呼び込み、その力に自らが呑まれてしまうからよ。」

 文の脳裏には、雫の闘う姿が浮かんでいた。確かに"月の力"を纏った雫は、普段とは正反対の表情になる。その理由が、わかった気がした。

「彼女自身は、決して攻撃的な性格ではないと思うの。人懐こくて優しい、ステキな娘よ。でも、彼女の心の奥に秘められた哀しみが怒りの感情を増幅させている…。だから"月の欠片"は、"使い手"として彼女を選ばなかった…。」
「じゃ、なぜ私が…?」
「あなたが初めて"闇"と対峙したあの日、技を放とうとして一瞬手を止めたわよね。あれって…"闇に憑かれし者"の背後に猫が見えたから、でしょ?」
「五月さん、気づいて…。」
「あのまま技を放てば、猫も巻き込みかねない…。それに、咄嗟に放つ技では、狙いも力の加減も調整するのは難しい。あなたのその判断力が、最も大きな力を持つ"DarkMoon"に"使い手"として選ばれた理由よ。」
「でも…私なんかより、雫の方が"DarkMoon"が持つ"力"を最大限に引き出せてるはずです!」
「文…。私たちが成すべきことは、"闇"に呑まれた人を滅することじゃない。"闇"そのものを封じること…。"力"はそのために"与えられて"いるのよ。決して"引き出す"ものではないわ。」

 五月のその言葉で、はっと気づく文。
 "月の欠片"に適応する者と、選ばれた"使い手"との違い。それは力の発現の仕方にあった。適応する者は、ただ単に"月の欠片"に込められた"力"を引き出して使うのみ。しかし選ばれた"使い手"は、月の女神の加護を受け、"月の欠片"の声を聞き、白き天使となって闇を駆る。

「大切な人を失う哀しみは、私にも痛いほどよくわかるの。だからこそ、雫の心を救ってあげたかった…。でも、彼女は"月の欠片"の力を纏うと、その力の流れに呑まれてしまう。私には、それの流れから引き戻すことが精一杯だったわ。今更だけど、彼女は巻き込むべきではなかった……。」
「じゃあ、雫は…!もういらないって事なんですか!?」
「そうは言ってないわ。彼女次第…かしら。彼女がこの事実を受け入れられて、まだ戻る気持ちがあるなら…。さっき言ったでしょ。ホントの彼女は人懐こくて優しい、ステキな娘だって。」
「じゃ、私…私が雫と話します!だって、こんなの…このままじゃ……。」

 文のその言葉を聞き、少しの沈黙の後、五月が口を開く。

「そうね…文の言葉なら届くかも知れないわね。言ってなかったけど、あなたの採用を決めたのは---。」

 12 現在・追いつめられた凪姫

 凪姫は、校舎2階から体育館に延びる渡り廊下の前に立っていた。鉄骨で組まれた枠組みの間に鉄製の床板を渡し、両側に簡易な手すりと天井にトタンの雨よけが設けられただけの渡り廊下…。当たり前のように雨に晒されているそれに、凪姫は躊躇していた。

「まさかこんな渡り廊下だったなんて。向こうまで約10m弱…か。」

 そして、背後から足音が聞こえる。振り返ると、直線に延びた廊下の向こうから、女性教師がゆっくりと近づいている。

「隠れる所はない…!もう、全力で駆け抜けるしかないわっ!」

 意を決し、凪姫は渡り廊下へ飛び出す。目の前に見える鉄製のドアを開ければ、体育館の中に滑り込める。あとは…あとは…、とりあえず辿り着いてから考える!
 しかし、渡り廊下を半分進んだところで、何かに足をすくわれ転倒する。そのまま転がりながらドアにぶつかった凪姫は、痛みに耐えつつドアノブに手を伸ばすが、ノブはピクリとも動かない。

「そんな…!鍵がかかって…!」

 近づく足音が鉄板に響くような音に変わる。振り返った凪姫は、校舎の入り口に立ち、こちらを見下ろす女性教師の不敵な笑みを見る。そして、自分の足にまとわりついた鎖のような水の帯も…。

「はーい。鬼ごっこもこれで終わり。泥棒猫ちゃんにはお仕置きしないとね。」

 とっさに構えようとする凪姫だったが、体を支えようとした右手に激痛を感じ、鈍い声を上げる。どうやら、今の転倒のせいで右手を挫いてしまったらしい。
 周りには、雨を遮るものは何もない。後ろは鉄製のドア、前には"闇に憑かれし者"…。"月の欠片"を介したテレパシーすら封じられ、凪姫は絶体絶命の状態に陥っていた。

 13 過去・望まぬ光

 開店2日前、開店準備のため店に向かう電車の中で、文は鳴らない携帯電話を見つめていた。
 五月から聞かされた話…雫の想いを知って、文の心は揺れていた。そして、五月から明かされた、もう一つの事実---。

「あなたの採用を決めたのは、雫が強く薦めたからなのよ。」

 顔見せのために初めて店を訪れたあの日、緊張する文に優しく声をかけた雫。あれは偶然ではなかったのだ。

「理由はわからないわ。ただ、"この娘なら、きっと素敵なメイドさんになるはずだから"って…。同じ"DarkMoon"に適応する者同士、何か感じるものがあったのかも知れないわね。」

 携帯電話を折り畳み、握りしめる文。車窓の向こうに流れる空を見つめ、雫への思いを馳せる。雫が飛び出して行って以降、メールを打っても返信がなく、電話を掛けても留守番サービスに繋がってしまう。
 自分の採用を推してくれた雫。それなのに、自分の存在が、結果的に彼女の想いを奪ってしまった。文は苦悩する。
 何度目かのため息の後、電車は乗換駅に到着する。ふと顔を上げた視線の先に、雫らしき姿が過ぎる。反射的に電車を飛び降り、周囲を探す文。その時、発車した別の電車の中に、その姿を見つける。

「雫…!」

 無情にも走り去る電車。その方向を見て、文の表情に戦慄が走る。

「まさか…、偶然よ…。」

 そう自分に言い聞かせながらも、文は言い得ぬ不安に包まれる。すぐさま、次の電車で後を追う。まるで文の心情を表すかのように空の雲は低くたれ、それが彼女の不安をさらにあおってゆく。
 文の乗った電車は、見覚えのある駅に近づいていた。自分の考えを否定しながらも、何かに導かれるようにその駅で降りる。予感が外れることを祈りながら、小高い丘へ向かう坂道を急ぎ足で上ってゆく。
 丘の上の長い塀に囲まれた建物…それは、五月に案内されて行った、あの病院だった。その門をくぐった瞬間、文の目に木陰から中庭の様子をうかがう雫の姿が飛び込む。

「しず…。」

 文が声を掛けようとしたその時、雫の身体は禍々しいオーラに包まれはじめる。雫の視線の先にいたのは、あの車椅子の女性と妹らしき人物だった。それを見た文は、何かに突き動かされるかのように、月の力を纏って駆け出す。次の瞬間、雫の右手から鈍い光が放たれた。

「ムーンライト・ダークネスっ!」

 文の放った"月光の陰影-Moonlight Darkness-"が、雫の放ったそれをはじき飛ばす。その二つの力の衝突が周囲に突風を生み出し、転倒する車椅子の女性たち。その二人を庇うように、文が駆け込む。

「雫…、どうしてこんな…!」

 雫は、突然の現れた文に一瞬驚くが、すぐに鋭い視線の表情に変わる。そう、あの怒りに満ちた表情に…。

「どいてよ、文。邪魔しないで!」
「やめて、雫!こんなことして、何になるの!それにその禍々しい力は一体何?!」
「私は…私はあの人の敵を討たなきゃいけないのよっ!この力は、そのために神様が与えてくれた新しい力よ!」
「何を言ってるの。目を覚ましてよ、雫!その力は…!」

 そう言い掛けた瞬間、文の意識に映像が飛び込んでくる。
 あの事故のあった公園に一人立つ雫。事故現場に花を手向け、手を合わせる。そんな雫の周囲に、黒い影が漂い始める。そして、雫が何かを呟いた次の瞬間、その影は雫の中に吸い込まれた。

「彼の声が聞こえたのよ…。"俺の敵を討ってくれ"って…。敵はここにいるって…!」
「違うわ。その力…あなたが手にしているその力こそ、あなたの彼の命を奪った、"闇"の力じゃない!」
「そう…。そんなことを言って、あなたは"DarkMoon"の力だけじゃなく、この力まで手に入れようと言うのね…。」
「バカなことを言わないで。正気に戻ってよ、雫!」
「そんな言葉には騙されないわ!邪魔するなら、あなたごと切り裂くわよ!」

 そう言い終わらぬ内に、雫は憎悪に満ちた力を放つ。
 友を討つなんて出来ない…。ためらう文は、雫が放った力をまともに受けてしまう。その力は左胸に直撃し、鮮血が飛び散る。膝を突き、よろめく文。その懐からは携帯電話がこぼれ落ちる。
 それが目に入った文は、咄嗟にその携帯電話を手に取り、着メロを再生する。それは、"THE EARTH"の"Marionette"だった。

「お願い!あの優しい雫に戻ってっ!」

 その願いが通じたのか、雫は一瞬正気に戻りかける。しかし、突然"闇"の支配力が増し、その背中に漆黒の翼が出現する。そのまま攻撃態勢に入る雫。その表情には、あの優しい雫の面影はなかった。

「しずくぅーーっ!」

 轟く雷鳴。文の叫びは、その轟音に空しくかき消される。それでもなお、友の名を叫ぶ文。しかしその叫びは届かない---。
 そして、運命の歯車は誰も望まない結末に向かって動き出す。突然輝きだした文の両袖に、光の粒子が集まってゆく。何が起こったのか戸惑う文の脳裏に、五月から聞かされた話が過ぎる。
 "月の欠片"に"使い手"として選ばれた者が、まだ未熟な段階で生命の危険に晒されたとき、"使い手"の生命保護のための危機回避機能が発動する---。
 再び、稲妻と共に轟く雷鳴。そして、望まぬ光…"月光の陰影-Moonlight Darkness-"が発動し、周囲がホワイトアウトしてゆく。

「やめてーーーーーーーーーーーーっ!」

 14 現在・友の声

 雷鳴で悪夢から覚める文。しかし、まだ幻覚作用が残っているのか、身体が鉛のように重い。壁を支えに起きあがり窓の外を見ると、追い詰められた凪姫の姿が目に入る。
 文は凪姫を助けようとするが、目が霞み、足が震え、立つことさえままならない状態だった。

「く…目がかすんで、狙いが定まらない…!」

 必死に目を凝らす文。何とか焦点が定まりかけるが、同時に視界にあるものが飛び込む。それは、体育館への鉄製の渡り廊下の下を這う、無数の配管だった。水道、電気…それにガス管も見える。

「ダメだ…。"月光の陰影-Moonlight Darkness-"じゃ、配管を全部切り裂いてしまう…!」

 ただでさえ狙いの定まらない状態。それに加え、あれだけの配管が複雑に並んだ廊下の上にいる凪姫を助けるのは、至難の業。もし配管を切断すれば、電気の火花がガスに引火して、爆発を誘発しかねない。
 打つ手がなく、焦る文。凪姫の目前に迫る女性教師。そのとき、雫の声が聞こえる。

「文、目に頼らないで。"闇"の気配を感じて!その足元に力を集中して、技を出すの。ヤツの足元を崩すのよ!」

 幻聴なのか…。しかし、選択の余地のない文は、その声に従い意識を集中させる。閉じた瞼の向こうに、微かに感じる"闇"の気配。その気配目掛けて、力を放つ。

「見えた!ムーンライト・ダークネス!!」

 放たれた"月光の陰影-Moonlight Darkness-"が、女性教師が立つ鉄製の床板のみを切り裂く。足下が崩れ、女性教師はそのまま下階へ落下する。
 その一方で、力尽きた文もグラウンドの水たまりに倒れこんでしまう。

「文さんっ?!」

 女性教師が、崩れた廊下の瓦礫の中から立ち上がる。その表情は怒りに満ちていた。

「よくも私の肌に傷を…!殺してやるっ!」

 女性教師の両手から放たれた、ニードル状の無数の雨水が文に迫る。力尽き、逃げ場のない文。

「ダメだ…。逃げられない…!」

 そうか…私じゃもう、危機回避機能は発動しないよね。私が望んだことだもの…。あの日の哀しみを繰り返さないために、私が拒み続けた力---。
 文が最期を覚悟したその時、凪姫が叫ぶ。

「エンブレム・シェーーードっ!」

 自分の真下の廊下に向かって"紋章の防壁-Emblem Shade-"を放つ凪姫。次の瞬間、文が倒れている地面にサークルが出現し、紋章文字が浮かび上がる。そのサークルは光の筒を成し、文を守りつつ全ての水を吸収しながら天へと伸びてゆく。渦を描きながら竜巻となったそれは、さらに女性教師目掛けて伸び、ついには彼女を飲み込んだ。
 竜巻に飲み込まれ、藻掻く女性教師。力尽き、溺れかけた女性教師から、"水の闇結晶"が放れる。それを見届けた凪姫は技を解除し、文の元へ駆けつけた。

「大丈夫ですか?文さん!」

 凪姫が放った技の効果か、文の身体からは幻覚作用による痺れは消え去っていた。自らの力で立ち上がる文を、凪姫が支える。

「凪姫…さっきの技は…。」
「声が…声が聞こえたんです。文さんに想いを集中しろって…。もう…夢中で、気づいたらあの技を放ってました。」

 あの光の筒は、まだ五月が健在だった頃、"炎の闇結晶"の猛火に巻かれた凛華を守るために放った技と同じ技。凪姫の言う声の主が五月だったのか、はたまた雫だったのか…。そんなことを想いながら、文は空を見上げる。

「凪姫は確実に成長してる。この娘の強さは、誰かを護りたいという想いの強さ…。あの時の私に、凪姫ほどの想いの強さがあれば…。」

 そう思う文だったが、すぐにその考えを否定する。

「ううん。過去を悔いても、失った時間は戻らないわよね…。でも、あなたが私にくれた優しさ、教えてくれた命の重さは絶対に忘れない。この胸の傷に誓って---。」

 雨が上がり、雲の隙間から僅かに漏れはじめた夕陽を見上げ、文は誓いを新たにするのだった。

 15 エピローグ

 降り始めた雨粒が、文の頬をたたく。"月光の陰影-Moonlight Darkness-"をまともに受け、傷だらけになった雫を抱き上げる文。雫は力の入らない右手を精一杯伸ばし、文の頬を伝う涙に人差し指を添える。

「文…私のために、泣いて…くれるのね…。」
「雫…!どうして…!」
「私ね、あの場所へ行ったの…。勢いで飛び出したけど、もう一度考え直して…。やっぱり、あなたと一緒に働きたかったから。だからね、彼に伝えに言ったのよ。あなたが遺してくれた歌…文に聴かせてあげてもいいよねって。そしたらね、声が聞こえたの。彼の声が…。」
「もう…しゃべらないで…。もうすぐ、茉莉さんたちが来るから…!」
「文…知ってるでしょ…?一度、"漆黒の天使"となった者は救えない。砂となって崩れ去る…のよ…」

 やっと仲間達が駆けつけるが、その惨状に言葉を失う。五月は、その様子から何が起こったのかを悟った。

「く…、遅かったか…。」

 雫は、最後の力を振り絞るかのように、崩れはじめた手を文の頬に伸ばす。

「文…、あなたは覚えてないかも知れないけど、私…ずっと前にあなたと会ってるのよ。彼とのデートの途中で立ち寄った喫茶店、彼がいつも曲を作るのに使ってた喫茶店で---。彼…そこの店の雰囲気が好きで、店員さんの心遣いが気持ちよくて…いいフレーズが浮かぶんだって言ってた…。だからね、そんな素敵な所なら一度行ってみたいって、連れて行ってもらったのよ…。」

 それを聞き、文の記憶が蘇る。
 高校生だった頃に働いていた喫茶店。窓際の指定席の男性。その男性が、当時まだ無名だった"THE EARTH"の曲を書いていたこと…。

「『Marionette』はね…苦労してやっとできた曲だったの。そこの店員さんのおかげだって。だからね、曲名にそのお店の名前をもらったって言ってた…。」

 それは、文にとっては他愛もない一言だった。しかし、それがきっかけで生まれた曲---。
"ありがとう。キミのおかげでいい曲になったよ。"
"ホントですか?じゃ、CD発売されたら絶対買いますね。"
 それが、文が"THE EARTH"のファンになったきっかけだった。そして"THE EARTH"は、"Marionette"のヒットでメジャーの仲間入りを果たす。

「だからね、SilentMoonの応募書類にあなたを見つけたとき、嬉しかった…。私が一番幸せだった頃の、彼の記憶を共有できる人と再会できて…。」

 文の中で全てが繋がる。雫が文を強く薦めたこと。初日で緊張する文に声を掛けてくれたこと。お互いが"THE EARTH"のファンだったこと…。そして何よりも、雫が優しく接してくれた理由を---。

「文…私、何をしたかったんだろうね…。」

 そう言い終わらぬうちに、雫の身体は崩れ去る。

「雫っ…!」

 文は腕の中に残った雫の服を抱き寄せる。まだ暖かさの残る砂が、空しく、止めどなく落ちてゆく。そして愛用していたポーチから、手紙が添えられたCDがこぼれ落ちる。

『文。昨日はゴメンね。
 私、やっぱりあなたと一緒に働きたい。だから、五月さんにもう一度お願いするつもり。
 私の彼、THE EARTHに曲を提供してたんだ。でも、事故で亡くなったの。
 このCDは最後に作った未完成の曲。幻の1曲。メンバーが私の為に演奏してくれたの。文にだったら、たぶん彼もOKしてくれると思う。だから、もらってくれるかな?
 あさってのオープン、みんなで頑張ろうね!』

 読み終わってとめどなく涙があふれる。どうすることもできなかった悔しさに、奥歯をかみしめる文。そんな文に、茉莉が声を掛ける。

「文…泣いていいいのよ。」

 その言葉に、今まで耐えていたものが一気に噴き出す。茉莉の懐にしがみつき、咆吼する。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」

 その哀しみの声は、天を貫くかの如く響き渡る。そして、それをかき消すように、雨は激しさを増すのだった。

第五夜・完

 以上、読んでる人を全員泣かせてみようという野望を抱いて書き上げたお話でした。野望は達成できたでしょうか?

 この話、当初は過去編と現在編がそれぞれ別々の話でした。
 現在編の元となったエピソードはもう少しアクション性の高い話だったんですが、その部分をばっさりとそぎ落とし、凪姫が覚醒に一歩近づく部分のみをピックアップしました。
 過去編の元となった話からは、ほぼ全てのエッセンスを盛り込んであります。元々、第3~4話と同様に過去の時間軸で展開する話でしたが、同じような温度の話が3話も続くのはどうかと思い、思い切って発表した形へと変更しました。さて、吉と出たか、凶と出たか…汗。
 現在編は、時間軸通りに正方向に展開させています。対して過去編は、前半のエピソードでクライマックスシーンのみを描き、後半でその間を埋める謎解きのエピソードを描いています。さらに過去編は、最後の15節を除いて全て文の記憶の中の回想シーンで、15節のみ回想ではなくカメラが過去を写すという手法を採りました。(伝わってなかったら、それは戸神の文章力不足のせいです。汗)

 そして、ゲストキャラクターの雫について。
 元々、本エピソードのサブタイトルは「叫びは雨に消えて…」でした。それにかけて、ゲストキャラクターの名前は雨冠の漢字一文字にしようと決めていました。音の響きもなるべく儚い感じがするものを選び、いくつかの候補の中から最終的に「雫」に決定しました。
 一方ビジュアルの方は、縁あってこのキャラクターの名前を使ってくださるという方がいらっしゃり、それでは…と言う事でモデルにさせて頂きました。(デザインは後日公開予定。)なので、ビジュアル以外のキャラクターはご本人とは違ったものになっているはずです。

 さて、次の第6話は、いよいよ最後の主役・ノンのお話です。実はプロットは作成済みで、全く異なる話が3本出来てしまいました。さてどれにするか、悩みどころです。ま、プロットをベースに練っても、仕上がった話は全く違うものだった、なんてのは当たり前にあるんですが…。今回の第5話も、出来上がってみたらプロットとはかなり違う話になってました。プロットは某所のコミュで公開予定なので、興味ある方は見比べてくださいませ。
 そんなわけで、年内の新作は第5話まで。第6話以降は、年明けの予定です。ではでは!

※この物語はフィクションです。実際の社会・団体・人物等とは一切関係ありません。
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投稿者 戸神由留 : 2007年12月01日 03:55

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